2004年02月19日

PDAは普及するのか?

 購買パターンが俺と違いすぎるので(どっちが主流かは微妙だが)、全く参考にならなくて避けていた(レビュー記事があっても読まなかった)山田という人が、これまたあんまり期待していなかった、PDAコンソーシアムのサイトに書かれたこれには頷いた。

PDAコンソーシアム PDAラボ

 本来は,紙の手帳やシステム手帳の制約だったにすぎない。紙の手帳でも,毎日の予定やToDoに本来は区別はない。本当は一度に見ることができる方が便利だったはずだ。それが狭い書ききれないといったスペースの制約や,月,週,日の予定に書き写すのが面倒といった紙ゆえの制約ゆえに区別されているのにすぎないはずだ。

 そうそう、そこなんだ。俺がこれまで持ったものの中では、PowerZaurusMI610のPIMが一番理想に近かったと思う(それ以後は知らないので、今のものはもっとスゴイかもしれない)。紙をメタファーに使ったのは、それが一番訴えやすかったからに違いない。電気スイッチ式になったというのに、未だにタイプライター時代と同じ配列を使っているキーボードと同じ非合理性を感じる。(全然関係ないが、人型ロボットにも同じ違和感を感じる。)

 一つの共通データベースにいろんな入出力インターフェースをかぶせるような構造にできないのかと思う。

 ちなみに、PDAコンソーシアム座談会でマンダラート開発者の今泉氏が書いていることも面白い。

PDAコンソーシアム座談会 -PDAが普及するためのカギ-

コンピュータをはじめとしてデジタルツールは 電子技術者によって「開発」されてきました。これからは生活者によって開発されなければならない というのが私の主張です。人生を知った人が 人生を生きるために どんなサポートが必要か?そこから生み出されたソフトウエアがハードをデザインしていくこと。そこから開発の目がスタートしなければならないしそのためのシクミづくりが求められるのだと思います。

 PDAが普及しなくても構わないが、prismが壊れたときのための後継機は気になる。そして、それが、現在の機能を肥大化したものになるのか、生活者によってデザインされたものになるのかも。上に書いた「一つのデータベースを様々なインターフェースで」という発想は、人間の記憶に沿った生活者によってデザインされたものに近いと思うが・・・これについてはそのうちまとめたい。俺が考えなくても、思考支援コンピュータを創ると一緒なのかもしれないが・・・

 ちなみに、prismには満足している。機能的に不満な点はほとんどない。心配しているのはハードの限界だ。機能の陳腐化より先にハードが限界に達するデジタルデバイスというのは珍しいだろう。俺の使い方(用途)が珍しいだけかもしれないが(^^;

Posted by panhead at 2004年02月19日 12:40 | トラックバック
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