2005年05月13日

心理学的アプローチ:JR福知山線事故

現場マンションに恐怖感 JR福知山線の運転士 (共同通信) - goo ニュース

 兵庫県尼崎市で快速電車が脱線したJR福知山線に乗務する運転士の間で、現場のカーブについて「(電車が衝突した)マンションが目の前に迫ってくるようで怖い」と危険性を指摘する声が上がっていたことが9日、分かった。

北側一雄国土交通相、心のケアについてバックアップ態勢を充実させるべき

 北側一雄国土交通相は十日、閣議後の会見で、尼崎JR脱線事故の遺族や負傷者らの心のケアについて、「被害者や家族はもちろん、多くの方が大変なショックを受けている。兵庫県と尼崎市が中心となって心のケアの態勢を取っているが、国としても専門家の先生にお願いするなどバックアップ態勢を充実させるべきだ」と語った。この日の閣議で厚生労働相に支援策を要請したという。

 後手に回った挙句過大な対策を場当たり的に求めるなど、ろくなことをしていない印象しかない北側国土交通大臣だが、これは良かった。心のケアは事故現場の応急処置ではない。これから長期にわたって必要となることだ。スタートが早いに越したことはないが、致命的な遅れはないだろう。今後どのように向き合っていくか。長期的なサポートができるよう厚生労働相に働きかけたのは悪くない。

 これらの記事より先に、心理学の専門家が書いたメルマガに下記のようなものがあった。事故原因の一つに現場の運転士の恐怖感を既に取り扱っていたし、阪神間の心のケアについても専門家の具体的なコメントがついているのはさすがだ。忘れないように引用しておく。

和田秀樹公式HIDEKIWADA.COMマガジン - HIDEKIWADA[2003/05/05]尼崎の脱線事故に思う

 そう思うと、ふと、この事故はスピードの出し過ぎだけでなく、視覚とそれに伴うパニック心理によって起こったのではないかという気がしてきた。運転するものが機械でなく、人間である以上、このようなことは起こりえるということが言いたいのだ。 人間というのは、パニックになるといちばんやってはいけないことをする。だから、多くの交通事故も起こるのだろう。しかし、視覚の影響力は予想以上に大きいのだ。

 だとすると、ほかにも危険な場所はあるはずだ。スピードを出しすぎると、視覚の上では「ぶつかる」と感じさせるようなカーブが。同じ場所については最新のATSがつくことになったそうだが、むしろほかの場所のチェックのほうが大切だろう。要するにカーブの脇に大きな建物が建っている場所は、すべて危険箇所とみなしたほうがいい。

 そこにたとえば、視覚にやさしい防護壁をつくるだけでも、「あ、ぶつかる」という感覚がだいぶ和らぐかもしれない。これこそが心理学の応用である。

 もちろん、これだけの大量輸送手段で乗務員の操作ミスが脱線に直結するようなことは防がなければいけないが、ミスを犯しにくいような環境(このばあい防護壁)を工夫するというのも重要だろう。例えば、北海道にあるというメロディのなる道路とか、急な坂に設けられている凸凹(但し、2輪乗りから言わせてもらうなら、コーナーの直前から出口までは平にしておいて欲しい。凸凹が原因で転倒したら本末転倒だから)などだ。

 逆に、コーナーに差し掛かる前にスピードを落としたくなるような視覚的トリックを仕掛けるのもいいかもしれない。例えば(できるかできないかは知らないけど)、枕木の間隔を短くするとか、電柱に看板のようなものを取り付けて狭いところに入っていくような模様を書くとかはどうだろう。

 ついでに言うと、二度と起こる可能性は低いとはいえ、ぶつけられたマンションは 住民のためにも買い取ってやって、解体したほうがいい。慰霊碑でも建てたほうが、よほど安全である。  まだ建って、2年半ということだから、今のうちなら住民の方々も近所とのアタッチメントは強くないだろうから転居もしやすいだろう。

 地元との密着度まで考慮に入れるのはさすがだ。俺なんか、せいぜい子供の学区のことくらいしか思いつかなかった。

  一ついえることは、今回の場合、阪神間ということで、阪神淡路大震災の経験から、このようなトラウマの治療ができる精神科医や臨床心理士が多い地域であるということだ。しかも、当時の神戸大学医学部精神科の中井久夫教授が、心のケアに造詣が深く、またトラウマの専門家であったから、弟子も育っている。

 これは不幸中の幸いといえる。不眠であれ、無気力状態であれ、軽いうちに治療を受けるに越したことはない。このようなケアが受けやすいというのは幸いなことであるから、大きなお世話かもしれないが、心の問題が生じている人は気安く、ケアや治療を受けて欲しい。

 たとえば、こんな事故の後だから眠れないのは当たり前と不眠を放置しておくと、ほかの精神症状が出やすくなる。だからこそ早めの治療を受けて欲しいのだ。

 ただ、阪神淡路大震災の頃から、トラウマやその心のケアが注目されているというのにもかかわらず、その後、ほとんどカウンセリングや心のケアの専門家が精神科の教授になっていない。こんなことで心のケアの専門家が養成できるのか?精神科医というのは薬だけ出していればいいものなのだろうか?

 この指摘も貴重だ。これは一朝一夕に増やせるものではない。国レベルで医師の育成方針を定めて、積み上げていくしかない。その道を選んだ人たちが後悔しないでいい評価体系を作らなければならないのだ。これは、老人医療や過疎の開業医、小児科医などにもあてはまることだろう。歯医者ばっかり増えても困るのだ。

 #ここにも評価の二文字が・・・これについてはまた別の機会に書きたい。

Posted by panhead at 2005年05月13日 00:40
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