2003年08月01日

ワンワン屋

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 ようこそ!! ジグソー&モデルカー ワンワン屋 

おもちゃのプラモではなく、”模型”としてのプラモやミニカーにあくまでこだわる模型専門店。


息子のフリーダム・ガンダムのカラーを買うために行ってきた。

Posted by panhead at 12:54 | コメント (0)

文字通信

文字通信媒体としての携帯電話 - プラスヴォイスの事 - Aoshimak Yukiwikiから、初めてのpingを受けた。ソフトを問わず、pingを送りあうことができる仕組みはすばらしい。

 確かに、e-mailの場合は確実性と即時性という点で信頼性に欠けるところが残念だ。j-phoneの場合はskymailは安定して速いが(端末同士の転送には勝てないだろうが)、e-mail経由になると到達時間を予想できないときがある。他のキャリアでも、例えばauならc-mailとかがあるから、緊急連絡先とのキャリアを併せてローカルメールでしのぐしか、当分はないだろう。

 前にボロクソに書いたツーカーだが、メッセンジャーがあったような記憶が・・・メッセンジャーならば、リアルタイムに接続状況が分かるし、チャットでのほぼリアルタイムな文字情報送受信が可能だった(はず)。

 これなんかは、難聴者にすごく効果的なサービスだと思うんだけど、そんな方向での案内は、俺が知らないだけかもしれないが、見なかった。それどころか、メッセンジャーの広告すら見ないなあ。やめたのかな?ケータイユーザーには弱かったかな?

 チャットでよければ、webアクセスでチャット掲示板に書き込むという手はあるね。パケット代がかさむかもしれないが、緊急用に割り切って、e-mailと使い分ければいいだろうし。プライベート用にサーバーを設置すれば家族内だけで使うものだって可能だし、何らかのサポートボランティア組織でもあればそこにパブリックな掲示板をおいてサポートに使ってもいい。常駐できる組織であれば、緊急の代理電話だってできるやん。って、セコムとかならサービスの一環として導入できるかも。auのgps携帯ならかなり精密に位置を特定できるだろう。phsにあった「いまどこ」のような機能をキャリアとタイアップして契約(プライベートの問題もあるので、申込人との契約および秘守契約を結んだものに限定する)して、緊急事態には場所を特定し、指定した先に代理電話連絡するようにできる。

 後、端末機器メーカーに頑張ってもらって、音声信号に情報を載せてしまう機種を作る。先祖がえりではあるが、サーバーを経由するのではなく、音声通話信号をVPNのように使うわけだね。で、携帯にある程度の決まり文句を登録しておいて電話中にボタン一発で相手の端末にリアルタイムに表示させるとか・・・・2Dバーコードを読み取れる機種もあるんだから、2Dバーコードの情報を音声データとして相手の端末に送るとか(この場合は、両機種共通のメッセージしかやり取りできない。機種依存の絵文字みたいなものだ)。

 思いつきで書きなぐっただけだが、後のほうは端末の機能として面白いかも。もちろん、そのデータを送っている間は音声はストップするが、それもまた面白いかと・・・

男(急に黙って、通話状態の持ち方からメールを打つときのようにもちかえ、端末のボタンを押す)・・・
女(不審そうに端末を覗く)・・・・
端末にメッセージ(「結婚しよう」とか「愛してる」とかカユイ奴)
女(笑顔で端末を通話状態に持ち替える)

ほら、こんなCMまで作ったよ。遠慮せず使っていいから、こんな端末やサービスを作っておくれ。X1のおれには使う機会はないがな(^ ^;

Posted by panhead at 12:20 | コメント (0) | トラックバック

何のためのルール?

「総務型ルール遵守社長」が会社を滅ぼす

 ここに書かれた組織の弊害は俺の良く知っている会社によくあてはまる。「こんな無駄なことはやめて、社内規程を変えればいい」と、何回言ったことか。

 法律を換えることや顧客との慣習を変えることは難しいだろう。しかし、社内の規程はなんてローカルルールなんだから、法的な問題がなければ、仕事のやり方に合わせて変えればいい。昔に必要だった手続きの多くが不要になっている。また、仕事のやり方の変更によって邪魔にすらなっている。

煩雑なルールを覚えることに若いうちにエネルギーを割きすぎ、その結果として本当に重要な仕事の構想力や大きな視野といった能力の開発が未発達のまま放置されたりする。細かい手続きには通じているが、どうみても「小物」という若手が増えてしまうのである。

 二番目の問題は、・・・・どのようなルールであれ、それがルールである限り守るべきだと信じてしまう若手が増えてしまうことである。・・・ある種のルールは命がけで守るべきだが、ある種のルールは時と場合によっては破るという判断力が本来は必要である。判断力が必要な仕事をしているから人間が雇用されているのだが、ルールを守ることを優先する人は、ルールにぶつかった瞬間に自分の頭で考えるのをやめてしまう傾向がある。・・・

第三に、・・・細則や派生ルールに基づいた無意味な「筋論」をスマートにこなすスキルがそのうちに発達してくる。・・・そのスマートさを身につけても、企業本来の目的である利益獲得には一切つながらないのである。
  また、そういった企業ではルールに抵触しそうなときに、それを回避する裏技が発達したりする。その裏技を見つけだす作業も、一見賢く見えるのだが、よくよく考えればムダな作業である。なぜなら、そもそもの無意味なルールが存在しなければ、その裏技は何の役にも立たないからである。若い人たちがこの種の裏技こそ経営管理だと思い始めたり、この裏技が“デキル”がゆえに上司から可愛がられるようになってしまうと、本当に生産的な仕事とは何であるのかという基本を忘れ始めてしまう。

 まさにこの作業に面することがあり、うんざりすることがある。ある部署は、予算の実績を操作するために、同じものを買ってもそのときによって費用の科目を変えている。実に無駄な労力だ。そこで使われた費用が何に対してどれだけ貢献しているかという視点でチェックしない予算管理を厳しくしたらこうなってしまう例だ。

 また、そんなルールを守ることだけを仕事と勘違いする人間だけが高く評価をされるようでは、実際の仕事のレベルが上がらないのは明らかだろう。実際に、俺の良く知っている某企業ははっきりその弊害が現れている。

Posted by panhead at 00:07 | コメント (0) | トラックバック