2003年08月20日

Y!BBのダイヤルアップ

 昨日はまったY!BBのダイヤルアップ。すこしだけ、日が射した。どうやらIDが間違っていたらしい。俺のYBBのIDは最初を大文字にしている(昨日の時点では忘れていたが)。不断は全く使わないので困ったことはなかった。そして、問題を複雑にしたのがYahoo!のメッセージ。

 Y!BBのアカウントでダイヤルアップをするには別途パスワードを設定する必要がある。そして、そのページにログインしたら自動的にIDが表示される(オークションを子供が見たいときのためにログアウトしない設定にしてある)。そして、パスワードを設定したときに表示されるページにも同じ小文字だけの表記で「ダイヤルアップの時のIDにはxxxx@yahoo.co.jpをお使いください」と表示される。俺は、これをコピーしてIDに入れていた。

 自分のIDをちゃんと覚えておかない俺にも問題はあるが、誤ったメッセージを表示するにも問題があるだろう。「このIDを使え」と書いてあったら、IDを覚えている人間だってそっちを優先するんじゃないだろうか。

 とにかく、接続完了ダイアログまではこぎつけた。しかし、その後数秒で切れてしまうんだけど・・・・一度つながったということはこちらの設定ミスとは思えないが、winのことだからどこか他に設定変更の必要なところが隠れているのかもしれない・・・・・娘のiBookをもっていくかなあ・・・

 解決編。何回やっても結果は変わらなかった。やっぱりコントロールパネル>ネットワークのTCP・IPアダプタにダイヤルアップアダプタがないのが気になって、今有るLANカードのアダプタを消して、追加してみた。つながった。

 しかし、一体ウィザードは何をやっていたんだ?なんのためのウィザードだ?できないならできないでいいけど、TCP/IP・ダイヤルアップアダプタを追加してくださいというメッセージを出せよ。まあ、winだからなあ・・・しかも、メンテナンスもバグフィックスもないOEM版win98なんだから仕方がないか・・・winを使うということはこういう理不尽と付き合うということなのだから(-_-)

 そういえば、ZDNNのコラムにあった言葉を思い出す。

ZDNN:アンカーデスク
Windowsのトラブルシューティングをしていると、むなしい気分になることがある。何が効果を上げたのか、そもそも何がトラブルの原因だったのかも分からないことが多いからだ。

 今回の俺のは、基本的なwinのネットワーク知識があれば問題はなかったのだろうが、ウィザードが本来の仕事をするか、適切なメッセージを出すかしていればこんなに時間と電話代を費やすことなんかなかった。ウィザードでの設定をするなら、ウィザードだけで完結しないと意味が無い。俺の場合は、少ないながらもコントロールパネルでの設定経験があったからトラブルシュートできたが、ウィザードでしか設定をしたことの無い人だったらお手上げだっただろう。こういう時間も計算に入れてTOC削減なんていってるだろうか?こういう時間の短さでは9以下のMacOSが圧倒的に短かった。

 最後に、Y!BBの説明にも問題がある。ウィザードによる設定を載せるのはいい。大半のケースでは有効だろう。しかし、ウィザードがなくても設定できる説明も併記すべきだ。何回も書くが、ウィザードで設定が上手くいかない場合手の打ちようがないから。また、細かいバージョンの違いで、ウィザードの設定項目が違ったりする場合も、winの場合は特にしょっちゅうあるのだから。

Posted by panhead at 12:42 | コメント (0) | トラックバック

言葉

NHK NHK はどうして「女衒(ぜげん)行為」を「スカウト」と呼ぶのか。”:Letter from Yochomachi

 人は言葉により印象が変わり、「そこにあるもの」が見えなくなってしまう。性交・(セックス)=>H・(セックス)、覚せい剤・麻薬=>ドラッグ・エンジェルダスト・スピード・コケイン・マリワナ・草、売買春=>援助交際・、恐喝・強盗=>XX狩り、詐欺=>キャッチセールス・デート商法・・・・・

 そして、マスコミが喜んで取り上げることによって、その概念が社会に認知されたような錯覚を持つことになる。「売春はしないけどエンコーなら」とか、「俺は覚せい剤はしない。俺がやるのはマリワナだから害がない」とか言い出すヤツが出てくる。マスコミはそれらを嘆いてみせる。嘆いて見せながら、刺激を振りまいて視聴率を稼ぐ。得をするのは傍観者ばかり。

 上の等式(?)の面白いことは、新しい言葉を使って意味を希釈するつもりが、普及するにつれて本来の意味に取り込まれていくというところ。例えばセックスというのは使い始めは肉体関係を持つとか性交を行うより無色なイメージがあったのだろうが、今ではそのものだから。多くの言葉がこのように開発され消費され、あるものは等式の左にとりこまれ一般化し、あるものはそうならずにすたれていく。廃れていく大多数は、時代の象徴としてのみ記憶に残るのだろう。

Posted by panhead at 12:23 | コメント (2) | トラックバック