本当は灯台から、断崖絶壁を望む場所に行くつもりだったが、車の流れに乗って走っていたらビーチの傍の駐車場に入ってしまった。ちょうど空いたところもあったので、停めて砂浜に行く。
親達はでかいカメラに三脚をつけて運んでいる。ご苦労なことだ。俺は、IXYで子供達の写真を撮った。
砂浜にいる人が示し合わせたように沈んでいく太陽を見ていた。太陽に向かって「バカヤロー」と叫ぶ人はいなかった。
沖縄市というと沖縄県の県庁所在地かと思ってしまうがそうではない。以前はコザと呼ばれていた。そう、コザというと米軍の兵士が我が物顔で歩いていて、米兵目当ての怪しい商売の集積地のようなイメージを持つ。その、コザだったところだ。
独特な雰囲気の商店街だ。多分夜の街なのだろう。昼間は白っぽくて土産物屋以外は眠っているようだ。ライブハウスの入り口も昼間は小汚く存在感を失っている。
ここにきて思い出したのは、新しい大型店舗が郊外にできために地盤沈下を起こした旧商店街。あるいは、バイパスができたために寂れた旧国道沿いのガソリンスタンドだった。夜になって、米兵が繰り出す時間帯にこそ輝くのかもしれないが、閉まったままの店も多いと見た。
放出品やアロハ、Tシャツなどが安い。迷彩のフィールドジャケットが2000円程度である。アロハは1000円。シルバーの指輪も種類が豊富ですごく安い。
ここは地元の若者が買い物に来るところではないのだろう。夏休みなのにほとんど中高校生の姿を見なかった。少しはなれた場所にもう少しにぎやかな商業施設が並んでいたので、地元の若者はそっちに行くのかもしれない。
地域振興のための「インターネット無料体験コーナー」があったので、少しここのメンテナンスをしたりもしたかったが、無料の地元振興施設に旅行者が入るは抵抗があってやめた。むしろ、有料のネット・カフェのほうが入りやすかったかな。それと、無料の職業斡旋サービスというものを公共団体がやっているらしく、若い人の後ろ姿が見えた。無料職業紹介誌が若者向けの店の入り口やレジ横においてあるのもいたるところで見た。失業率の高さを考えさせられる光景だった。
少し早目の夕食をチャーリータコスでとる。ガイドブックにも載っている有名な店らしい。店内には、来店した有名人(?)の色紙が一杯張ってある。「おっ、華丸・大吉がある」と、観光客らしい盛り上がりで楽しむ。店は適度に古く、いわば、田舎の食堂のイメージだ。大阪ならしにせのお好み焼き屋みたいものだろう。
店のタコスを食べるのは初めてだったので比べる対象は自分で作ったものしかないが、なかなかおいしかった。ロックフォードが屋台で食べているイメージが強いので、マクドナルドのハンバーガーのように一つ一つ紙で巻いて出てくるのかと思ったら、バスケットに3つ単位で出てくるので食べにくい。手でしっかりとホールドしてかぶりつくのがコツか。
駐車場は商店街の共同駐車場があるので安心。しかし、狭い通りを通って行くので、カーナビの設定をシビアにすることとゆっくり走ること。駐車場は安い。
飲み屋の意中の女性を連れて入るような、本国に帰るときに恋人や妻に土産を買うような、宝石店。
こちらは、アーケードのついた生活に密着した商店街。主婦や子供連れが買い物に来る地方の商店街。ここの薬局でかゆみ止めを買った。こういう生活臭のするところにくると、少しほっとする。
最新コザ・レポート|パークアヴェニューの場所
旅行会社がくれたパンフレットに入っていたサービスチケットでビオスの丘というものがあることを知った。植物園のようなところに行きたいという要望があったし、チケットにジャングル・クルーズっぽいアトラクションがあるので子供達も退屈しないだろうと思って行った。宿から近かったこともある。
良く整備された広い自然公園のようなところだった。ジャングルクルーズはディスニーランドのような乗りで運転の兄さんが客いじりを交えながら、退屈しないように説明をしてくれる。クルーズで観られるのは人工湖だが、ディズニーランドのようなプラスチックの作り物ではない。
野生の蘭が寄生しているということや沖縄にも松くい虫が発生(というより、持ち込まれたというべきだろう)しているということを知った。
その後、順路に沿って一回り。ロープの長いブランコとかフィールド・アスレチック風の遊具があって、観光に飽きて退屈している小さな子供がいる場合には、リフレッシュできていいだろう。広い芝生の公園は大人が歩いていても気持ちがいい。特に、慣れない道の運転でストレスがたまっている運転手にはなおさらだろう。
ここで昼食。タコライスを食べる。
バオバブの木ではないかと思うのだが、なぜそう思うのかは自分でも分からない。これと形が似ているからかな・・・
常緑広葉樹林。本当に隙間がない。日光の恵みが多いために、高緯度地帯では枯れてしまうような場所にある植物が生長できるのだろう。こんなジャングルを切り開いて歩くのは恐ろしく体力を消耗するだろう。
ビオスの丘オフィシャルサイト|ビオスの丘
琉球王朝の出城跡。北から向かってくる敵を迎え撃つための要塞ようなものか。それは、楼蘭城や長城のように石を積んで作った城壁からなる。山の上にこれだけ容積の石を運び・積むのには大変な労力がかかったことだろう。
元寇襲来に備えて、鎌倉幕府が北九州に作った石積みの長壁(?)とも通づるものがあるのかもしれない。
この城は、数百年に渡って強化改修を加えられて、古い地形そのままの石畳から、多分に人工的な直線的な道路までが折り重なっている。後期の回廊は直線的で、防御という実務より美的な満足感追及と国威啓示へと欲求が偏っていくのが分かるようだ(このへん、全然歴史を知らないのではずている可能性も高い。興味がある人は参考サイトに当たってくれ)。